【メモ】 |
(1996−10−20)
行者沼から禅頂行者道:
古峰ヶ原峠から北西に上がっていく林道に入り道なりに進むとやがて左手に行者沼が現れました。ガイドブックなどでは神秘的な沼などと紹介しているものもありますが、ただの水たまりという印象でした。
道はだんだん山道らしくなり尾根に達すると鳥居と石祠があり、禅頂行者道へと続く山道となって右に方向を変えます。ここを反対に左に道をとって尾根通しに進みましたが、いきなり踏み跡程度となりました。樹林に覆われた特長のない小ピークが次々と現れるので現在点がなかなかつかめません。ミツバツツジの目立つ尾根です。
湿原発見・都沢湿原と(勝手に)命名:
やがてだだっ広い尾根になり笹がミヤコザサから背の高い種類に変わり、高みを越えたところで踏み跡は完全に笹の中に消えました。左手に戻るような方向に降る踏み跡を見つけやむなくそこをたどると、しばらくして藪が消え右手前方が明るくなってきました。木立をすかしてみると思わぬ湿原の出現でした。
地形図(1/25000足尾)で見ると1268.6三角点南東の荒れ地記号の平坦地付近となります。
周囲はレンゲツツジとズミに囲まれ、小さな流れに沿っておびただしい鹿の足跡が集まっていました。ちょうどいい具合に中央に大岩がありこの上でしばし至福のひととき。藪漕ぎのご褒美です。
苦闘の下山:
こんな湿原では帰りの方向に迷います。水の流れに沿って下りたくなりますが、経験上これは藪とぬかるみに阻まれるのが常で、こんな場合上流の高みに一旦登るのが鉄則です。
藪の薄い凸状の地形を探して南方向に下りましたが、結局また藪との格闘となりました。でも檜林に入ってなんと赤ペンキの痕跡を発見しました。かつてハイカーに知られた湿原だったのでしょうか。赤ペンキの目印はうっすら痕跡をとどめている程度ですし、なにしろひどい笹なのでそのうち全く見失ってしまい、あとは強引に笹を突いての突進しかありません。
格闘すること1時間ほどでひょっこり山畑の跡らしき所に飛び出しました。そこはかつての開拓地で、30年前に歩いたときには数軒の農家が営農していたところです。今も廃屋が残っていて、その前に足尾に抜ける都沢沿いの道が通じていますが、唐突にその道に飛び出しました。
帰途、ついでに古峰ヶ原峠から三枚石まで寄り道しました。
(2004−6−5)
大規模な道路工事:
古峰ヶ原峠はとんでもないことになっていました。道路工事の真っ最中。前回、古峰神社から峠手前までなんの意味があるのか豪勢な道路が半出来になっていましたが、どうやら足尾まで延ばそうということでしょうか。ダンプカーがひっきりなしに峠まで上がってきます。途中まで工事中道路を進むしかありませんが、行者沼方向への道は健在で、工事中道路の途中から右に折れると古い林道となります。
行者沼を過ぎて大天狗大神の尾根に出ると、あとは左にコースを変えて尾根筋の踏み跡をはずさずにたどるだけ。
早くも鹿のお出迎えです。ビックリしたのかすごい勢いで笹藪をジャンプしながら駈けていきました。甲高い警戒の声を上げてあとはまた静寂。
尾根道の特長:
ミヤコザサの尾根
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忠実に尾根をはずさず進めばいいのですが、この尾根筋はピークピークでカクンと左に折れるクセがあり、歩いている
湿原の周囲にはレンゲツツジ
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うちいつの間にやら北西方向になっていて、ピークで南西方向に向きを変えるということを繰り返します。そのことを頭に入れておかないと北に下る小尾根に引きずられかねません。
前回は尾根の途中から笹が背丈の高い種類となり踏み跡も消えましたが、すっかりミヤコザサに入れ替わってずいぶん歩き良くなっていました。
目指す湿原は三角点峰の南東方向なのですが、もし三角点を見落としたら尾根が急峻に高度を落とす最後のピークまで進むと現在位置がはっきりします。このピークは明らかに地形や植生の境目になっていますので間違えることはないと思います。確認のためこのまま少し下りましたが、ここをこのまま通過すると尾根は急下降になります。
三角点峰はその最後のピークの一つ前ということになります。ほとんど2コブの一つの山という感じで、ほんのわずか戻るだけ。
前回とは反対側から湿原に:
湿原には小さな流れが
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コンパスを取り出し、三角点から南東方向にカラマツの中を笹を漕いで下ると平坦地となり、そこから真東方向に湿原はあります。
期待のズミはすっかり花を落としてしまいましたが、その代わりレンゲツツジが湿原の周囲あちらこちらに朱の花を咲かせていました。それもすでに終わりに近く、あたりの緑もすっかり夏の装いです。
聞こえるのは蝉の声だけ。岩に腰掛けて暫し至福のひとときです。
下山は沢沿いの鹿道:
湿原西端から顕著な鹿道が延びていますので、これをたどってみることにしました。
沢沿いにはいくつかヌタ場もあり、この道がシカ君たちのメインストリートらしいです。それは沢につかず離れずずっと続いていますが、たぶんこれはかつての作業道の跡を鹿が利用しているようです。炭焼きの跡があることでそれと判ります。鹿というのはかなり横着者らしく、自分で獣道を作るより人間の作った道を拝借するようで、あちこちの山でそれらしいズボラな鹿道に出くわします。
その鹿道も最後には消えてしまいますが、藪は薄く適当にルートを拾って下ると都沢に下り立つことができます。都沢はかなりの流量ですが飛び石を探せば渡れます。沢のすぐ上が広い道路となっていますので左に戻れば巴の宿を経て古峰ヶ原峠まで約45分ほどです。 |