【メモ】 |
林道がかなりの高さまで:
古い石段の登山道
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国道49号線からしっかりした林道が山頂直下まで続いています。しかし、そこまで車で登ってしまっては山歩ききではなくなってしまいますから馬場平登山口から登ることにします。
馬場平には駐車場が2カ所ありどちらも数台駐車できます。
鳥居をくぐって山道に入るとその一帯はいこいの森として下刈りされている平坦地になっています。植栽されたらしいレンゲツツジがまだ若木ながらたくさんあり、花時期は賑やかに咲くはずです。
アキノキリンソウ、シロヨメナ、ツリガネニンジン、アザミなど秋の花がたくさん咲いていました。
すぐに植林地内の道となりその後は雑木林と植林地と入り交じった雑然とした林相が続きます。ノブキ、チヂミザサ、チカラシバ、ミズタマソウなどのひっつき虫の植物がたくさんあって里山で駆け遊んだ子供の頃を思い出します。
また、クリの木が多く前日の強風で落ちたばかりのクリの実がたくさん落ちていました。まだ動物の餌になっていない実が多く、集めればいくらでも採れそうですがいかんせん小さな山栗なので食べるまでには手間がたいへんそうでやめました。山のごちそうは山の動物に。(^_^)
かなり古い道らしく所々石段が現れます。最近の擬木の階段がすぐに崩れてしまうのとは比べようもないほど丁寧な石積みです。築城の時の石段ということはないでしょうがかなりの年月を経ているようです。
道は突然林道に飛び出します。これは登山口の林道が延びてきたものでこの先の御井戸の清水まで続いています。林道の前後で樹間に郡山方面の展望が得られます。
登山道はそのまま林道を突っ切って頂上へ向かいますが、このあたりから傾斜がきつくなり頂上まで一汗かかせられます。
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城郭の切岸
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しっかり残る城跡:
急登をわずかに喘ぎ登ると突然小平地に出ます。たぶん城跡の一角で郭の跡と思われます。目の前の切岸はしっかり急傾斜を保ったままで崩れたりしていないのはよほど堅固な城造りだったかあるいは築城から時代を経た後生に手直しでもしたのでしょうか。
左に回り込むと頂上です。平坦ですが細長くそれほど大きな城ではなかったことがわかります。やはり戦国時代の城とは趣を異にしているようです。
右(西)に進むと千人溜という方形の土塁に囲まれたところがあり3つの石祠が並んでいます。千人溜とはなんとも大げさな名前で実際は十数メートル四方ほどしかありません。ここもしっかりとした土塁で数百年を経てもわずかも崩れてはいません。
このあたりから南側180°の展望が広がっています。やや靄って遠望は無理でしたが西に須賀川の街や二岐山、南西に那須連山、南に福島空港や八溝山、東に蓬田岳を見通せました。
昼食をして展望を満喫してから山頂部を東にたどりましたが、たくさんの石碑が建っていて単に城跡というよりむしろ戦前の忠君に通じる南朝の遺跡をという感じがします。
平坦頂上が尽きるといきなり下りとなりますがこの急坂は城の一部の切岸らしく急峻、平坦、急峻、平坦を繰り返しています。
下山は同じルートを通るのも面白くないと思い林道出会いから林道をたどりましたが、時間的には同じようなものでした。
なお、1/25000地形図では登山道の途中から林道最奥の御井戸の清水に下れるように記されていますがそのような道はありません。あとから調べたら頂上の城跡の一角から直接下る道があるようです。
山名について:
宇津峰は宇津峰山とも言われますが、文字として雲水峰とも書かれるようです。この雲水峰の場合も「うつみね」と読むようですが「うづみね」の読み方もされているようです。
一方、南麓の道路沿いにあった案内板には雲水峰に「うんすいほう」と仮名がふってありました。
歴史もありまた四方から登山道のある通り山麓ぐるりの里のそれぞれのおらが山のようですので山名もいろいろな言い方がされているのでしょうか。
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蓬田岳 |
福島空港 遠景は八溝山 |
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